道の駅研究会
- 「道の駅」は、中国・地域づくり交流会の宮島での準備集会時(宮島会議)、
交流会の立ち上げと同時に産声をあげた。と、いうのが定説である。その
ときは「道路の駅」、その後命名し直して「道の駅」が建設省の事業として
各地で整備されてきたのはご承知のとおりである。今やあちこちに道の駅
の元祖や専門家がいるという噂がでるまでに世に知れわたった。
- 冒頭でふれたように、「道の駅」部会は交流会と同じだけ歳をとったわけで、
少しマンネリ化し、部会活動も曲がり角にきている。当初はワイワイと概
念論を論じ、一部の人は道の駅実験と称して活動した。また私たち部会で
は概念論をペーパーにまとめて世に問うた。また、類似の施設の探検も行っ
た。遠く北海道まで足を運んだこともあった。「出前フォーラム」と称して
各地に出掛け、小さなフォーラムを開催したこともある。中国地方の道の
駅の実態をヨーイドンで同時調査したこともある。そして、あちらに道の
駅あれば、こちらにできればと今でも追っかけもしている。つまり、当部
会のモットーを整理すると次のようになる。
- 本格的であること。……まじめに考えること。/本物指向であること。
- フィールドワークであること……現地を確認すること。/足を、体を、目
を動かすこと。/体験すること。
- 切り口やアイデアが新鮮であること(ネタは古くとも、切り口が新鮮なら
よい、と考えている)……頭を働かすこと。
- しゃべりっぱなしはしないで、とにかく記録すること……口を動かすこと。
ただし口だけではなく手も動かすこと。
- 記録は、きちんと整理·分析すること。……手と頭を動かすこと。
- 持続すること。……目移りしないこと(ただし、役割りを終えたら未練を
もたないこと)
- あちこちに出かけて話しこむこと。……人を動かすこと。
- これは道の駅部会だけのモットーでもなく、言わば、これらを称して、交
流会の活動七箇条ということもできる。
- 特に、道の駅で新鮮に映ったのは、たぶん、様々な「単純」な機能を「複
合」し「組み合わせ」て、「ちょっと違う概念」に置き換えたところにある
と思う。なぜなら、公衆便所や駐車場、みやげ物売場、食堂はどれをとっ
ても当たり前の機能であり新味はまったくない。それなのに世に受けたの
は、複合した概念、複合して新しい役割を得たことに他ならない。そして
ネーミング。
- その意味で、マンネリ化した我が「道の駅」部会を立ち直らせて次のテー
マ活動にメタモルフォーゼ(変身)していくためには、この「複合」と「概
念変換」をキーワードとして二匹目のドジョウをねらっていきたい。例え
ば、「みどりの停車場」や「みどりの一里塚」、川の駅転じて「川湊拠点」、
- 海の駅ならぬ「海街道宿場町」、「グリーン・ツーリズム・コア(GTC)」、
「ギャラリィ回廊」、「美しきハイウェイの詩計画」等々。(今後は、名称や
テーマを変えることも考えています。その場合も「未知の駅」部会はまだ
姿を変えて続きます。)
- しかし、その前にやり残しているのは、当初考えた「道の駅」の概念を正
統的に今一度世に問うておきたいということである。「道の駅」は、本来ま
ちづくりという重い十字架を背負っているはずのものであり(と、私たち
は、ずーっと考えている。)、地元住民が結束して、あるいは都市住民と地
元が手をとって交流して経営や運営できないか、と考えている。現状のよ
うに補助をもらって箱物を作り、自治体が不動産屋となって誰かに経営や
運営をまかせますという「道の駅」では物足りない。また、利用者と営利
者の接点という道の駅だけではつまらない、等々我が「道の駅」部会のや
り残していることはまだまだ多いといわざるをえない。今一度気を取り直
して「正統な道の駅」を実際につくり出すことができるまで、部会の活動
が続くことと思われる………。
(以上記:花輪恒)
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