東広島市三永石門から西条駅まで

2003.11.30
06.12.30 付録:
「首都西条観光案内」修正
07.6.25「日向一里塚」追記
山根 政則 制作
中川 正 追記
(歩かれる方は上記地図[015minagasaijyoumap.gif]ファイルをコピーし、適当な画像ソフトを利用し貼り付け&印刷をし、ご利用してください) 


●街道見どころ案内
  お勧め:このコースの出発点はバス利用の便と道のアップダウンを考えて、JR西条駅から芸陽バスD発竹原行きに乗車し、三永水門(みながせきもん)バス停にて下車し西条町方面に向かって歩き始めるのがよいでしょう。
東広島市上三永(かみみなが)からJR西条駅まで  8km
三永の石門(みながのせきもん)

国道2号線バス停三永石門を降り、すぐ側の階段を上がると道沿いに三永石門跡の保存場所に着く。
農業用水路を確保するために明治15年、国道をまたいでかけられた。 石造りアーチ橋。昭和53年国道2号線拡幅工事の際に現在地に移設記念碑とした。
 
左は当会世話人塩形さんが道中を説明中。右は言わずと知れた佐々木会長さん。
石立大明神社(いしたてだいみょうじん)

西国街道に沿う社叢が目に付きますが、かつて上三永村と東の田万里村に二つの石立大明神が、村境近くの西国街道沿いに各々勧請されました。

旧賀茂郡と旧豊田郡の境界石を双方から祭祀し、行き交う旅人が安全祈願したものと思われます。
東広島呉自動車道建設現場
     (07/6/23現在に修正)

東広島呉自動車道の建設も進み、日向一里塚跡の付近も整備が進められ一変している。自動車道の下にトンネルが作られ、取りつけ道も舗装されている。その下をくぐって松子山の山中へと進む。トンネルを出た道路の西側に一里塚が復元されている。
なお、旧来からの日向一里塚跡碑はトンネルへの取りつけ道左の谷底に立て直されている。
               (この項 文・写真とも中川 正)
「日向一里塚跡」 (07/6/25追記)

平成12年、東広島呉自動車道建設現場で日向一里塚が原型に近い形を保った姿で発掘された。
道の南北に円形の2つの塚が発掘されたが、全周が残る北塚は直径約6m、高さ約1.7mで、塚には石を貼るように並べ、また2,3段に積んで巡らせた石列があった。
塚の脇にはテラス状の平坦面があり、旅人が一休みしたものと推測されている。
西国街道に残る唯一の一里塚の発見であった。自動車道の真下に位置したため、道路脇に解体復元して設置されている。(松子山への入り口 広島から9里、尾道から10里の一里塚である。  (この項 文・写真とも中川 正)
ぬかるむ地帯

この上三永〜西条コースでの難所はコースの途中に数百メートルに及ぶぬかるみがある地帯があることである。幾たびか補修を受けたが保証はない。万全の用意は長靴の用意だが、別法としてビニール袋を3枚用意しておき、2枚は靴の上履きに1枚は泥の付いた袋の収容に使用するのもよい。我々も当然用意して参加したが、地元「八本松88石仏の会」その他の方々が数日前に写真のように倒木で補修をして頂いたお陰で袋未使用にて通過できました。感謝!
池、池、池

ぬかるむ地帯とは勿論水が流れにくくちょっとした低地に貯まってしまうという粘土質?地帯で、この地域一帯に池が多い。この池もけっこう広いと思うが地図には名前が出ていない。樹木の緑、紅葉、たくさんの池の存在の中を辿って歩くのは西国街道を離れてピクニック気分にしてくれ心地よい。
西国街道(旧山陽道)松子山峠碑

街道山道をだいぶ通過した頃の高地点で竹原市と東広島市との境に[旧山陽道松子山峠]の碑がある。

ここは江戸時代の儒学者頼山陽が脱藩したとき通過するに服装を変えて京都に上ったと伝えられている。
かご松の碑

巨大な街道松があり、参勤交代の殿様もここをかごを止めて休まれたので「かご松」と呼ぶようになったとか。
昭和18年、枯死したために切り倒された。
今宮神社(牛宮神社)

昔商人が松子山峠を越える折、そこにいた弱った牛の介抱をしたが死んでしまった。哀れに思って腹をなでると金に変わり、男は牛満長者と呼ばれるようになった。その牛が居たところに建てたのがこの神社。
「歌謡坂一里塚」跡

この歌謡坂の謂われは、牛満長者の田植えがここから田植え歌を歌いながら始めたので地名になったという、まことに楽しい由来である。 現代の地名の付け方ときたら争いも多くて、その結果は妥協的であり、楽しくも嬉しくもないのでは?
・・・・
酒蔵通り入口看板

西国街道は西条の造り酒屋集団の真ん中を貫いて通っている。東から来ると酒蔵通りの看板が建っている。
上段左から 賀茂泉、賀茂輝、賀茂鶴
中段     亀齢、[心に残る西条酒]、西条鶴
下段     山陽鶴、白牡丹、福美人

いかが? 思わず口の中に・・・。
大林寺(だいりんじ)

酒蔵通り入口に鎌倉建長寺末の建長山大林寺がある。臨済宗の古刹だが、文禄の役で朝鮮に主僧が赴き討死 したことから廃墟となり、漸く寛永3年に小堂が再建された。本堂の前に江戸中期に造られたと言う、
 六地蔵堂があり珍しい着色された石造仏が安置されている。この地蔵には一つずつ謂われが明記されており、左端の地蔵には寛政3年(1801)の彫刻がある。、
 小堂横手の手水鉢も由緒のある逸品となっています。
旧家の保存

これは酒蔵通りの一郭、酒造家賀茂泉本家の家屋敷と倉の姿が町の古い歴史と繁栄の生きた歴史として人に訴えずにはおかない。
賀茂鶴酒造所

酒蔵ゾーンに入り多くの酒造所があるが、ひときわ目立つのがここ賀茂鶴酒造所。古びているが風格のある事務所の奥には特長のあるレンガ造りの煙突が幾本か聳えている。
この構内は催しのあるとき見学者に解放される。

その他構内を随時見学できる賀茂泉酒造とか、かっての酒蔵所を改装した旧県立醸造支所等も見学できる。
お茶屋(本陣跡)

大名が泊まったお茶屋の跡。今は御門だけが復元されている。門の下の石垣は江戸時代の乱積みと現代の間智積みが一緒に残っているのは珍しい。
JR西条駅

やっと出発点のJR西条駅に帰ってきました。
竹原行きのバスはこの反対側の歩道から発車する。

もし時間が許せば国分寺遺跡や三城古墳に足を延ばすと、いっそうの充実感があるでしょう。下記の酒都西条観光案内を参照してください。


リンク! せっかく西国街道を東広島までお出でになったのなら、
ぜひ西条酒蔵通りや安芸国分寺、三つ城古墳、鏡山城址など豊富な名勝を観光されることをお勧めします。(^_^)

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