記事No.335ニュースレター186号(2006.10) 第35回 西国街道ぶらり旅の会


       FROM宮内 TO大野浦 宮内〜妹背の滝〜大野浦の道ゆきぶり  主催:西国街道ぶらり旅の会  日時:平成18年9月23日(土)9時30分〜15時  参加:64名  1.やるきまんまん・・・前回は、井口から、廿日市までを歩きました。今回は、少し飛びましたが、宮内から、大野浦まで歩きました。天気も、快晴であり、歩くと、ちょっと汗ばむこともありましたが、健康的で、快適でした。このたびから、中川さんに、解説をお願いしましたが、簡潔でわかりやすかったのではないでしょうか。 距離としてはいつもより長かったので、疲れたことと思いますが、少し遅くなった昼食にも、妹背の滝で、満喫いただいたことと思います。 このコースで5時間くらいである。12kmは歩いたようだ。歩くにはちょっと長いのか、最後はちょっと疲れましたね。 2.街道の道筋・・・宮内から大野浦にかけては、地形的に小山が、海岸にせり出しており、また、大きく湾曲して入り江になっているなどしているため、西国街道は、山間の間の峠を越えております。このルートは、平安の当時から、この山間を抜けており、歴史的にも多くの方が行き来されるなど、その重みは大きいものがあります。とくに、室町時代の幕府方でありました今川了俊などは、九州を支配するため、下っている途中、多くの歌を残しております。 また、戦国時代の毛利、大内、陶氏など、激突の場でもありましたし、江戸時代末期など、幕府軍の、長州戦争の安芸口の進行ルートであり、地形的に戦略的に重要な地でもありました。 明治期以降、国道2号が海岸ルートとなってきたため、交通は激減しましたが、かえって、昔のイメージが強く残っており、情緒を感じることが今なおできるところです。 3.見どころ・・・峠まての宮内側は、開発も進んでおり、道路も拡幅されるなど面影がありませんでした。津和野へいたる石州路がここからわかれていっております。津和野へは、廿日市の宿場に津和野藩尾船倉があるなど、結びつきが多くあります。その、道しるべも残っているところです。 また、今川了俊が、所々で、歌を詠んでおり目をつぶれば、その情景が思い浮かべられるところです。 「とにかくにしらぬ命をおもうかな わが身いそじにおおの中山」 「むかしたれ かげにもせんと まくいしの おおの中山かくしげるらん」 「おおのうらを これかとおもえば やまなしの かたえのもみじ 色で出でつつ」  また、三槍社周辺の道は、舗装もなく現在でも土の道であり、当時の風景を実感できるところではないでしょうか。 昼食も取った、妹背の滝、いまは、大頭神社が移転してきているが、当時は風光明媚、大きな水源であったととにも、憩いの場でもあった。 ちょっと寄り道で、12kmの旅でした。 「いのしえに 今川了俊 歌を読む 大野浦には 白浜続く」 (読み人知らず)(報告者:shiokata)



前の記事c-hausサイト記事一覧
TOP戻る